やはり、夏の昼下がりであった。
今日のような日にはあの夏の日を思い出さずにはいられない。
私の記憶がふっと時空を超え始める。
水を打ったような校内に私たちだけがいるというのはなんだか奇妙なものである。
机の上には何本ものサイダーが
ミナレットの如く立ち並んでいる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄*1
サイダーが欲しくて買ったのではない。のだが。
「こうも暑いとサイダーを飲むくらいしかしたくないっすね」
喉を鳴らしながら我修院がサイダーを胃袋に流し込む。
「部活にかこつけてサイダーを飲んでいるだけなら帰ってもらうぞ」
部長らしく注意をしてみたが彼にはきかない。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄*2
彼が飲み終え、積み重ねている
サイバーサンダーサイダーと書かれペットボトルのラベルをびりりと剥がし、私は水道水でペットボトル
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄*3
を洗い始める。
今年こそは飛ばすのだ。
部の存続がかかっていた。
これまでのペットボトルロケットは全て6センチくらいで見事墜落死を遂げていた。
あんまりだと思った。
みんなに報告してみた。
あんまりだと言われた。
今年、6センチを更新出来なければ物理部はペットボトルロケット部としてしか活動をしなかった、哀れな部として消えてゆく運命にあった。
消して、リライトしよう。
そう言う者もあったが私が許さなかった。
そんなものはくだらない超幻想だ。
飛ばせる、いや飛ばす。
沸沸とした思いを胸にしまいこみ、平静を装いペットボトルを洗った。
ここからが勝負である。
強い意志を持ち、グラウンドに飛び出す。
照りつける夏の日差しの下で嘘じゃないぞと陽炎が嗤っている。
嘘であってほしい。
なんだよ6センチって。
いつものようにペットボトルをセッティングする。
しかしふと思う。
いつものようにやってはいつもと同じ結果になるのではないか、と。
即ち6センチ也。
そこで今回はやり方を変えてみることにした。
いつもは私がペットボトルロケットを飛ばし、我修院がやいやい言うだけだったのだが、今回は我修院に飛ばすのを任せてみる。
我修院が手際よくセッティングを終える。
なかなかのものだ。
部長冥利に尽きる。
「それじゃ、飛ばしますよ部長。
アホづらで見ていて下さいね」
頼もしい後輩だ。後でチャゲアスの如く殴ろう。
「それじゃ、行きますよ部長。
………………ゼロ!」
恐ろしい後輩だ。3,2,1を全く口にしなかったくせにゼロだけ言いやがった。
べこんっ。
情けない音がしてロケットが打ち上がる。
私はやいやい言うのも忘れてアホづらでただロケットの行く末を見守っていた。
フライングフライングバタフライ!
我修院が叫んだ。
意味としては不適当そうだが、不思議な響きの良さを含んだその言葉が妙に心に残った。
フライングフライングバタフライー
飛べ、飛べ、羽ばたけー
心地の良いリズムを持ったその言葉を心の中で反芻する。
ペットボトルロケットはあの空に大きな放物線を描いた。
不思議なものでそれだけで全てが報われたような、わけのわからない達成感が私を襲った。
やいやい言う役割すらも我修院に取られてしまった己を恥じながらロケットの着地点へと駆け寄る。
よく飛んでくれたよ、お前。
フライングフライングバタフライー
そうか、現在進行形なのだ。
私の心もあのペットボトルロケットと同じく、今もまだあの空を飛んでいるのだ。
私は溶けていくような空と雲の境界をいつまでもいつまでも眺めていた。
やはり、夏の昼下がりであった。
*1……イスラム教礼拝堂の外郭に設ける細長い塔。
*2……「私」は物理部の部長である。
*3……飲むと喉が満たされながら渇いていくことで有名なサイダー。
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